責任のゆくえ
僕らの口癖として
「みんなで決めた事だから」や
「上(上層部)の言う通りにしてさえいれば良い。その結果については全て上の責任だ。」
という言葉がある。
要するに「自分は責任をとりたくない」と言っているのと同じなのでは?
自民党や小泉首相が批判されていますが、民主主義的に考えれば矛盾しているのです。なぜなら理屈で考えると、国民が選挙にて選出した政治家の失政 = 主権者たる国民の責任だからなのです。
にもかかわらず、以下のような人は少なくありません
・政策企画立案は政府の仕事として丸投げし、具体的かつ現実的に実行可能な代替案を示そうともしない。(消費税増税案、年金制度など)
・プロレスラーやお笑い芸人など、国家の統治能力をスポイル(だめ、台無しに)するような者に投票する行為。
・政府の失政は主権者たる国民の責任という自覚なく、全て政府の責任だとひたすら難癖を付ける。
僕らは、国の最高権限者であるにもかかわらず、主権者としての責任を、なかば放棄してしまっているのです。
ドイツのナチスの台頭も、国民が戦争を望んだゆえの結果であり、ヒットラーを英雄にしたのも国民自身だったのですから・・・・・
あなたは、この日本という国を、どう考えていますか・・・?
本当に素晴らしい国だと思いますか?
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コメント
「最高権限者」は大企業も同じです。独自に考え、実行しているように見えて、官僚や国家権力を背景に、庶民の税金を活用して収益を上げています。そして、時の権力者と手を組んで、税金の支払いを安くさせています。
それに対して、中小・零細企業は独自に考え、実行するだけです。どんな力も得ることができない存在となっています。
他方で、戦争によって収益を上げる大企業と死を持って償う庶民の対立を明確にしないといけません。
全ての責任は、中小・零細企業と庶民に転嫁される仕組みが出来上がっていると私は考えています。
投稿: morichan | 2006年8月12日 (土) 19時40分